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2011-07-01

高天神城を制する者は遠州を制する

石碑

戦国最強と謳われた武田信玄公をもってしても陥落させる事ができなかった難攻不落の城が存在します。
ひとつは相模の国(神奈川県)の小田原城。
そして今回紹介する遠江(静岡県)の高天神城です。

先日、掛川の現場の打合せ後、帰り道に看板を発見。
ちょいと寄り道したのです。

今は看板が残るのみ

この地は当時、武田家と徳川家との勢力の最前線でした。
信玄公が逝去後、後継者の武田勝頼公が多くの犠牲を払いながら落城せしめ、天下に武勇を轟かせたのです。
しかれども、戦史に残る織田家との長篠の戦いに敗戦後、武田家は急速に衰退。
盤石な布陣で臨んだ徳川軍に、籠城虚しく城兵は城を枕に全員討死と相成ったのです。
勝頼公は援軍を送る兵力もなく、結果的に見殺しにした事により家臣団の信頼をなくし相次いで離反。
翌年武田氏滅亡となりました。

高天神城は武田勝頼公の人生を左右する城となったのです。
新田次郎著の小説「武田信玄」と「武田勝頼」を学生時代に貪る様に読んだ僕にとっては感慨深い城です。

興味のない方もコレを見たらば当時の堅牢さが伝わるでしょう↓。

スゴイでしょ?

次の予定があったので5分も見学出来なかったのですが、掛川の工事が着工した暁には制覇しようと静かに心に誓ったのでした。
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Author:kuriguri
なりわい:現場監督(社寺仏閣)
我が人生道楽三昧

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